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2014
04.27

日本が「みがわり」になる日。

Category: 平和と戦争。
http://www.nhk.or.jp/worldwave/marugoto/2013/03/0318.html

「同盟国を前面に立たせて、みずからは後方支援に回る。」
これが、イラク戦争を経験したアメリカのこれからの戦略。

集団的自衛権の行使を容認すれば、
アメリカの代わりに戦争の最前線に出ていかなきゃならなくなる。
なんてったって、日本はアメリカの「同盟国」なんだから。

その結果、アメリカが被るはずの損害を日本が受けることになる。
出兵者の死傷(米兵のうち4400人以上が死亡、重傷者は32000人)
帰還兵の社会不適合(ホームレスの7人に一人が帰還兵)
莫大な戦費(イラク戦争とアフガニスタンでの軍事作戦ではアメリカは380兆円を使用)
兵士と遺族への恩給など、今後の出費(アメリカ、推定200兆円)

もし、9.11が起こった時、日本がすでに集団的自衛権を容認していたら、
アメリカと共にイラク戦争に向かわざるを得なかったに違いない。

こんなものが、こんな損害が、許されていいのか。
法治国であるはずの日本で、たかが今の政府、というだけの存在が。

どうしてもやりたいというのなら、憲法に聞いてみろ。
政府の憲法解釈にではない、憲法本文に聞いてみろ。
これが、法治国の民主主義、だろう。


日本の身代わりを、アメリカが歓迎するのは当然の話。
自分が追うはずの損害を、肩代わりしてくれるっていうんだから。
でも、それは、日本にとって、悪いものでしかない。

断言できる。
集団的自衛権の行使容認は、法治国家としてもアウトだし、
あらゆる意味で日本のためにもならない。
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2013
09.29

政府による解釈改憲への憤りはおさまらない。

Category: 平和と戦争。
憲法は、政府を縛る国の最高法規であって、
政府が解釈を変更する、などということはその性質上許されない。

それは、犯罪者が自ら刑法の解釈を変更して、
自分は該当しないから無罪放免だ、と言っているに等しい。

憲法は政府を縛っているものだから、
政府が憲法の解釈を変えるなんてそもそも不可能。
ことの性質上許されない。

政府は集団的自衛権の行使をしたいがために、
この無理を押しとおそうとしている。

ふざけるな。
こんなこと、許してはならない。


でも、これを裁判所は裁けない。
なにか具体的な訴訟として持ち込まれないと判断できないし、
そもそも具体的な訴訟として持ち込むこと自体が不可能。

「平和的生存権」は憲法上認められていないし。
なにか現実に、具体的に、侵害されるものもないし。
実際に派遣されることになれば、生命の侵害はありうるが、そうなってからでは遅いし。
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2013
09.12

憲法違反へ突き進む首相。

Category: 平和と戦争。
首相が防衛省での訓示で、集団的自衛権容認を必ず実行していくと。

こんなこと、させてはならない。
集団的自衛権は日本の平和憲法の下では認められていない。


彼の発言は、前提もなにもかも間違っている。

彼は「現場の自衛隊員にしわ寄せを押し付けることはあってはならない」と発言しているが、
集団的自衛権の行使を容認し、自衛隊が武力行使をすることで、「しわ寄せ」が回避できるとでも思っているのだろうか。
今現在、現場の自衛隊員に何らかのしわ寄せがいっているというのか。
そもそも、「現場の自衛隊員」という発言がすでに、自衛隊が紛争地に赴いていることが前提になっていないか。


憲法9条は、そもそも自衛隊が海外の紛争地に行って武力行使をすることを禁止している。
非軍事力でもって国際的な平和構築に貢献していく、というのが日本国憲法の本分である。
それをまったくもって忘れているのが今の首相だ。

自衛隊の存在すら、憲法違反でないか議論になっている。
その中で、「自衛隊は『自衛のための最小限度の実力』であるから合憲」とされてきたのだ。
他国から攻められたときに追い返せるようにだけ存在するのだから、という名目なのだ。

自衛隊は、海外の紛争地に行ってはならない。
本当は、「後方支援」だって違憲なのだ。


この政府の違憲行為を止められるのはだれか。
裁判所、ではない。
彼らは、具体的な裁判にならないと判断できない。

止めるのは、我々主権者だ。
我々一般市民だ。
他にはいない。
集団的自衛権の行使容認は違憲だと、そこらじゅうで言いたてるのだ。


解釈改憲自体がそもそも政府の越権行為。
だからといって、改憲をして9条を変えるのはとんでもない。
彼らは徐々に進めていくつもりだろうから、
これくらいなら大丈夫か、と放っておいてはいけない。
少しずつ、少しずつ既成事実化していくのは彼らの常套手段。

裁判所にはできない。
止めるのは、我々以外にはいない。
いたるところで言いたてるのだ。
集団的自衛権の行使容認は、まぎれもなく違憲だ。
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2013
08.19

『はだしのゲン』閲覧制限。

Category: 平和と戦争。
松江市の教育委員会が、『はだしのゲン』を「子供にトラウマを与える」からと、小中学校に閲覧制限をしたと。
日本兵の残虐なシーンがトラウマを与えるという言い分だが、
どうも国の「正しい」歴史観にそぐわないものを排除していっているように思える。


私の場合は、学校の図書館どころか自分の教室に全巻おいてあった。
小学校3年生のころだ。
何度も読んだ。
最初はすごくこわかった。
特に第1巻。
ホラーを見るような気分で、怖いもの見たさ半分で見ていた。

日本兵の残虐なシーン、とは言うが、私にはそんな記憶は残っていない。
それよりも、一番初め、原爆が落ちた後の、
皮膚のただれた人々が街をさまよう姿、
これが一番強烈で、怖くて、今でもありありと思い出せる。


確かに強烈ではあったが、あれがあったからこそ、今の自分は、
戦争を許さない姿勢を確として持っているともいえる。
「戦争」というものに触れる機会は、『はだしのゲン』しかなかったと思う。
それを子供から奪っていくのは、戦争の恐ろしさを伝える手段を奪っていくのと同じ。

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2013
06.30

「ガラパゴス」こそ世界―普遍化という暴力。

Category: 平和と戦争。
人権、民主主義、自由、平等、…

なぜそれらは「普遍的」と言われるのか。
事実として普遍的だからではない。
普遍的であらねばならないからである。

「大衆消費社会」もそう。
全ての人が、どこにいても同じものを享受できる。
その土地の特殊性、その人の固有性を排除して。
それこそ普遍的な豊かさだと判断された。
本当に「豊か」であるのか疑問に付されることなく。


かつて、西欧を否定したという一点で結びつくアメリカ移住者たちは、
自分たちの正当性を確立させないといけなかった。
そして今なお、自分たちこそ正しいのだ、ということを示さなくてはならない。

自分を正当化するために普遍化する。
「自分の意見は正当なのだ、だからこれは広めるべきなのだ。」
その規模の大小はあれ、私たちは往々にしてこう信じ、実行している。


ここで立ち止まろう。一度。
自分の意見は本当は正当ではない?
正当だとしても、その土地、その時間、といった制限が加わる?
自分を正当化するためには普遍化などしなくともよい?

アメリカの間違いはここにあるかもしれない。
西欧を否定し、新たな世界を作るときに、
自分たちの信条を普遍化する必要はなかったのかもしれない。
でも、それが手っ取り早いし威力もあるから、そうした。
自分たちこそ正義・正当で、他の世界を啓蒙してやらねばならない、それこそ使命だと。


外に敵を作って内を固めようとするのも、
自分たちの主義信条を普遍化することと、
内実は一緒なのかもしれない。
すなわち、「自分たちを正当化すること」。

正当化すること自体は、人間だれしもしてしまうことだとすれば、
完全になくすことはできまい。
しかし、それが他人への暴力を含み始めれば、それは許容しえない。
外に敵を作ることも、主義信条を普遍化することも。


世界はたくさんある。
それぞれの固有性、特殊性をもって。
私たちは「普遍的な原理」でもって、100%の善意でそれらの固有性を排除しにかかる。
忘れてはならないこと。それは、彼らのためではない。自分たちの正当化のため。

普遍化という暴力で、各々の世界から特殊性を奪ってはならない。
そして、我々も普遍化という暴力を受け、今なおさらされ続けている当事者なのだ。

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