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2013
03.31

存在を認めてほしいなら

存在を認めてほしい他者のところに行くこと。
その他者の存在を認めること。
そしてその前に相手を認めるための準備はしておくこと。


先生や仲間に認めてほしいなら、
学校に行くこと。

先生を他者として、そこにいていい存在として認めること。
先生を先生として、授業をきちんと受けること。
教科書とノートと、集中力を持っていくこと。
そしてその前に宿題やら予習やらを済ませておくこと。

仲間を他者として、ここにいていい存在として認めること。
仲間を仲間として、話をきちんと聴くこと。
意識と関心と、応答を持っていくこと。
そしてその前に相手も人間であるということを忘れないこと。
相手も自分のことを友達だと思っているということを忘れないこと。


できる準備は、ちゃんとある。
思いわずらうよりも簡単なものだよ。
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2013
03.30

大学生で「英語ができる」と言っていいのはだれか?

Category: 学業のハナシ
大学生であるからには、論文は読めなくてはならない。
英語の論文が読めればなおよい。
知の最先端の論文は英語で発表されるからである。

しかし、いくらTOEICの点数があっても、いくら帰国子女であっても、
英語を読むこととそれは別物なんだなあと実感する。
特にエッセイではなく、論文のような、それなりのものを読むことに対しては。


いくら帰国子女で英語がペラペラでも、論文を理解できない人は多くいる。
英語がわからないのではない。英語がわかっても、何を言っているのか分からないというのである。
理解するには、その論文の骨子をつかむ必要がある。
パラグラフ・リーディングはそのための方法なのだが、勉強と練習をつまないと出来ないものなのだと帰国子女の知り合いを見て、実感した。

論文には「型」が存在する。書くほうも読むほうもそれに従う。
そのほうが書きやすいし、読みやすいからである。
アメリカなどの学校では、作文の授業でその「型」を身につけることを徹底して教わる。
しかし、日本では作文とは「思ったことを自由に書きなさい」というものである。
「型」の存在すら知らせないし、きっと教師の側も、行政の側も知らないのである。

私は高校時代に英語の授業で特訓したから英語の文章における「型」を知っているが、
中途半端に留学などしただけでは、きっとその存在すら知らず、
ネイティブとペラペラ話せる自分を、英語のできる人間だと思ってしまうのかもしれない。
学術論文、という知の宝庫を読めることなしに、大学生が英語ができると言ってはいけない。

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2013
03.29

グローバル化に歯止めを。

Category: 時事
  ・グローバル化、単一市場形成の推進
       ↓
  ・貧困層と富裕層間の格差の増大
       -貧困層の人口割合の拡大
       -富裕層の資産割合の拡大
       ↓
  ・治安悪化
  ・市場規模の縮小
       ↓
  ・失業者の増加
       ↓
  ・さらなる治安悪化
  ・市場の消失
       ↓
      ・・・

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2013
03.26

レジ袋を悪モノにして残ったモノ

Category: 雑感。
「レジ袋を削減しよう」という宣伝が始まりしばらくになった。
宣伝は成功し、レジ袋を有料にする店が増えた。

しかし結果は、本来の目的のはずの環境保護からは大きく外れることになってしまっている。
新たなプラスチック製品、「買い物かご」と「ゴミ袋」の量産である。


買い物かごは、レジ袋よりもたちが悪い。

まず、多くの店では新たな買い物かごを大量に発注しなくてはいけなくなった。
万引き予防のために、複数の色のかごが必要になったのである。
みんながマイバッグを使うようになれば、客の鞄に商品が入っていても店員は万引きか見極められない。だからせめても清算前と清算後を区別できなくては困る。

さらに、買い物かごの処分はレジ袋よりも大変である。
レジ袋はペラペラのビニールであり、いまは燃やしても害のないものが使われている。
一方の買い物かごも消耗品であり、壊れたり古くなれば処分することになる。
しかし買い物かごは普通の製品プラスチックであるから、燃えないゴミ扱いになるだろう。


また、レジ袋が排斥されたことにより、新しくゴミ袋を生産しなくてはいけなくなった。
ゴミ袋だって、レジ袋と同じビニール袋である。
レジ袋は「レジ袋」と「ゴミ袋」の両方で使えたのに、なぜゴミ袋にしか使わない袋を作る必要があったのか。

当然ではあるが、レジ袋を有料にしたところで、すべてのレジ袋を店から追い出すことはできない。いわゆる「お弁当袋」が道を舞っているのを見ると、むなしさがにじむのは私だけではないだろう。


元々の目的は環境保護、つまりプラスチックの使用を控えよう、ということであったはずだ。
別のプラスチックを、それも、よりたちの悪いものを量産して、いったい何になるというのか。
本来の目的を見失い、手段を目的と見違えてしまったその誤りは、正さなくてはならない。
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2013
03.25

3.11後の混乱と女子トイレの心理

Category: 時事
あの日からもう2年が過ぎた。

いまさらながら、いまさらでは済まされないあのことを検討しようと思う。
地震が起こった時、直接的には被害が起きなかった都心部の店から品物が消えたことである。
「なくなったら困るから、念のために買っておこう」
都心に住む大部分の人がこうしたために、被災地へ品物が回せなくなった。

これと同じことは、実は常日頃から起こっている。
なぜ女子トイレはあんなにも列を作っているのか。
「行きたくなったら困るから、念のために行っておこう」
大部分の人がこうするために、本当に行きたい人は困ってしまう。
長蛇の列で待てる人は、本当はまだ行かなくても大丈夫なのに。


ぎりぎりまで待てと言っているのではない。
一人二人がするにはかまわないのかもしれない。
しかし、自分が考えるようなことは、たいてい他の人も考えつくものだ。
多数の人が同じように行動したら、しわ寄せがいくのは弱い者のほうである。
さらには同じように動いた多数の人たちにも無用の負担がいく。
品物不足(もどき)。長蛇の列。

本当に必要な人に必要なものがいきわたらない。
あの時の都心での混乱の芽は、実は日常から身近にあったのだ。


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2013
03.23

「マイナンバー法案」はプライバシー権の侵害である

Category: 時事
「共通番号制度」が審議に入った。
が、あまりにも無駄な、そして危険な制度と言わざるを得ない。
一人ひとりに番号を付け、管理しているといえば、真っ先に刑務所が思いつく。

その長所は一つのみ。国が管理しやすいということである。
しかしこれは同時に、管理される国民の側に大きな危険を与える。
国民一人ひとりに番号を付け、税金などをトータルで管理するのは、コストもリスクも大きい。
サイバー犯罪も増加している昨今、情報など簡単に漏洩する。
その不利益は、国民が受けるのである。
「国による管理のしやすさ」という国の都合が「自己による個人情報の管理」という国民の利益よりも優先されている実態がそこにある。
これは国によるプライバシー権の侵害である。

そもそも個人の名前を不変のものとしたのも、国が個人を管理するのに簡単だからである。
かつては、幼名をつけられ、元服したら名を変え、死ぬときには法名を付けてもらう。
人生の節目とともに、名前も変わったのである。
不便がないとは言わないが、そこにあったメリットさえも奪ってしまった。
子供から大人への節目が明確になるということである。
名前が変わることで、内にも外にも、「大人である」という自覚を持ち、そのような扱いをされる。

人間が動物と違うところの一つは、「意識」を持つことだといえる。
このことは、人間は動物と違い、「意識しないと何もできない」ということをも意味する。
いまでは、節目が外から明確化されないため、個人が意識しないと「大人」にもなれない。
これが、ニートや、勉強しない大学生や、親のすねをかじる中年をつくりだした一因だといえる。

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2013
03.19

輸入食品の安さと持続不可能性

Category: 経済のハナシ
輸送コストや関税があっても、なぜ中国産やアメリカ産の農産物はあれほど安く売り出せるのか。

輸入食品の安さは、途上国の搾取と、将来世代の搾取の2つから成り立っている。
つまり、「人件費」と「安全性」である。

第一に、途上国で人を使ったほうが、日本でするよりも安上がりである。
これは中国産や東南アジア産のものに言える。
もちろん物価が安いということもあるが、それだけではない。
ここに、経済的強者による搾取を見て取ることができる。
宗主国のために、安価で産物を提供する。
戦前の名残である帝国主義のような構図が、市場経済面にはまだ存在しているのではないか。

第二に、手間をかけないほうがより安く売り出せる。
手をかけないようにするには、大量の農薬を使う、スプリンクラーで大規模に、遺伝子組み換えで病気に強い種を作る、などなど。
塩害のように、すでに起こっている結果もあるが、いまだ害悪が出ていなくても、水銀のように蓄積されて、突然発症、ということだって大いにありうる。
そもそも農薬は虫を殺せるのだから、同じ生物である人間に害がないはずはない。
遺伝子組み換えは自然界にはもともと存在しないのだから、自然として人間に何の影響も与えないはずはない。

途上国を搾取して成り立つ安さも、現在将来の安全性を搾取して成り立つ安さも、持続させられないのはいうまでもない。
しかも、さらに恐ろしいことも起こりうる。

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2013
03.18

made in Japanは日本人には高級品?

Category: 経済のハナシ
首相がTPP交渉参加を決めた。日本の農業が壊滅的なダメージを受けると試算されている。
いまでも安い輸入食品におされているが、さらにTPPによって追い打ちがかけられるということだろう。

日本の農産物の最大のアドバンテージは、その安全性にあると思っている。
やはり外国産、特に中国産やアメリカ産は値段も安いが、その分何が使われているか知れたものではない。
大量の農薬、そして遺伝子組み換えがされているものが混じっていても私たちにはわからない。

日本人にとって、日本産のものが高級品になってはいけない。
自国で生産された安全、安心、質の良さはまっさきに自国民に享受されるべきものである。
しかし、TPPによって、日本の農業が壊滅すれば、日本産の食品が高級品になってしまうだろう。


そもそも、外国から輸入すれば、輸送コストがかかるはずだから、値段が上がるのは当然のはずである。それにもかかわらず、日本産よりも安いということは、元が相当廉価だということになる。
なぜか。

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