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2013
05.26

「付加価値」のハナシ。

Category: 経済のハナシ
一般的理解…独自に積み上げてきた価値。既成のものに自ら労働を加えて加算された価値。
経営学的理解…その場から自分のみがいなくなることによって、市場から失われる価値。


機械化、産業の「効率化」は人の手をなるべく省力化したがる。
機械のほうが、大規模に、簡単にできる。同じことを延々やらせても文句ひとつ言わない。
人間のほうは、給料は食うし、ミスはするし、育てないといけない。
人を育てることほど、熟練を要し、手間と時間のかかるものはない。
(その分喜びも自らの成長も多いのだが、それは「企業の利益」には換算されない)

ここ何百年かの労働は、労働者の付加価値を多分に奪ってきた。
彼らは消えても、市場からは何の価値も失われない。
「代わりはいくらでもいるのだから。」
だから労働者の報酬は、あらゆる手を使って切り詰められる。

グローバル化による市場の統一、グローバル企業の席巻は、これを助長する。
日本国内だけですんでいた「代わり」が、全世界に広がる。
「代わりは世界中にいくらでもいるのだから」君を雇う必要はない。
給料は下がり続け、福利厚生も限りなく切り詰められる。


現政権が(すすんで)ひれ伏したのも、これと同じ言葉である。
「代わりは世界中にいくらでもいるのだから」日本にとどまる必要はない。
だから、法人税を下げ、原発を再開し、最低賃金を廃止し、我々が立地しやすいようにしろ。と。

だからこそ現首相は、施政演説でも参院選公約でも掲げたのだ。
「世界で一番企業が活躍しやすい国」という言葉を。
彼らがひれ伏すのはグローバル企業に対して。
献上物には、日本の忠実勤勉な大卒労働者を安値で。
これで満足でしょうか、お代官様。
他にもご所望があれば、なんなりと。

彼らにとっての御上は、国民ではなく、アメリカとグローバル企業なのだ。
グローバル企業を牛耳るのは、アメリカ人株主。
ごく一部の超裕福な階層の株主たち。
すなわちグローバル企業=アメリカ。

グローバル化を推進する理由は明らかすぎる。
我らは差し出される献上物にしかならない。


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