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2013
06.30

「ガラパゴス」こそ世界―普遍化という暴力。

Category: 平和と戦争。
人権、民主主義、自由、平等、…

なぜそれらは「普遍的」と言われるのか。
事実として普遍的だからではない。
普遍的であらねばならないからである。

「大衆消費社会」もそう。
全ての人が、どこにいても同じものを享受できる。
その土地の特殊性、その人の固有性を排除して。
それこそ普遍的な豊かさだと判断された。
本当に「豊か」であるのか疑問に付されることなく。


かつて、西欧を否定したという一点で結びつくアメリカ移住者たちは、
自分たちの正当性を確立させないといけなかった。
そして今なお、自分たちこそ正しいのだ、ということを示さなくてはならない。

自分を正当化するために普遍化する。
「自分の意見は正当なのだ、だからこれは広めるべきなのだ。」
その規模の大小はあれ、私たちは往々にしてこう信じ、実行している。


ここで立ち止まろう。一度。
自分の意見は本当は正当ではない?
正当だとしても、その土地、その時間、といった制限が加わる?
自分を正当化するためには普遍化などしなくともよい?

アメリカの間違いはここにあるかもしれない。
西欧を否定し、新たな世界を作るときに、
自分たちの信条を普遍化する必要はなかったのかもしれない。
でも、それが手っ取り早いし威力もあるから、そうした。
自分たちこそ正義・正当で、他の世界を啓蒙してやらねばならない、それこそ使命だと。


外に敵を作って内を固めようとするのも、
自分たちの主義信条を普遍化することと、
内実は一緒なのかもしれない。
すなわち、「自分たちを正当化すること」。

正当化すること自体は、人間だれしもしてしまうことだとすれば、
完全になくすことはできまい。
しかし、それが他人への暴力を含み始めれば、それは許容しえない。
外に敵を作ることも、主義信条を普遍化することも。


世界はたくさんある。
それぞれの固有性、特殊性をもって。
私たちは「普遍的な原理」でもって、100%の善意でそれらの固有性を排除しにかかる。
忘れてはならないこと。それは、彼らのためではない。自分たちの正当化のため。

普遍化という暴力で、各々の世界から特殊性を奪ってはならない。
そして、我々も普遍化という暴力を受け、今なおさらされ続けている当事者なのだ。

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2013
06.29

許されざる無責任ー除染「完了」。

Category: 時事
政府が除染作業の完了を宣言、その説明会で被曝量を自己管理して暮らすようにと提案。
除染は目標値には届かず、いまだ空気中の放射線量は高いにもかかわらず。
(朝日新聞デジタル参照)http://www.asahi.com/politics/update/0629/TKY201306280625.html


無責任。
あまりにも無責任。

住民には、これから一生線量計を身につけ、放射能の量におびえながら暮らせというのか。
国はもう除染しないから、と。

おまけに除染作業のずさんさで草木をはぎ取られた山や森林が、土砂崩れを起こしていると。
ずさんな除染作業の結果の全てを住民に負わせるというのか。

あまりにも無責任。


こんな政府が原発再稼働へ一心不乱に進もうとし、
世界各国に原発を売り出している。

原発は安全だ?ふざけてる。

原発は事故を起こして、放射能は散々漏れ出し、今も漏れ続けているが、
国はもうある程度除染したから、これ以上はやらない。
代わりに、自分たちで放射能に当たらないように管理して暮らせ、と。

原発を再稼働させる?ふざけてる。


あまりにも無責任な政府。
あまりにも無責任な首相。

彼らの責任転嫁の腕前は、天下一品だ。
降りてください、政治の舞台から。
早急に。

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2013
06.29

「十の世界」の住人-「億の世界」は身を滅ぼす。

世界は回る 夢をのせて 百年後でも変わらぬ星
         (ポケットビスケッツ『Days』)

億の世界に生きている地球。
十の世界に生きている人間。

人間が、地球の上で何をしようとも、地球には微々たるものなんだよ。
ケタが違いすぎるから。
どれだけ温暖化しても、どれだけ氷河がとけても、どれだけ放射能が増えても、
地球の生存には何にも影響ないんだよ。
ケタが違いすぎるから。


人間がすることは、同じ十の世界の住人と、それよりも短い世界の住人。
彼らだけに大きな影響を与える。

人間が億の世界でできた超巨大エネルギーを用いれば、
それは簡単に十の世界を滅ぼす。
ケタが違いすぎるから。

十の世界が滅びれば、当然に我々人間は生きていけない。
我々は十の世界の住人なのだから。


それをどこか勘違いしていないか。
まるで自分たちが億の世界の存在であるかのように。
科学技術を手に入れた人間が地球と同等であるかのように。

人間は十の世界の存在なんだよ。
億の世界でできたエネルギーを掘り出して用いるのは、
人間にはコントロールの出来ないことなんだよ。

風力、波力、地熱といった、微々たる力。
億の世界から十の世界に分け与えてくれる力が十の世界の住人には精いっぱいなの。
それらの微々たる力でさえ、台風、津波として時に我々の生存を脅かすのだから。


億の世界のエネルギーは、人間の触ってよいものではない。
それは直接的に、間接的に、我々の十の世界を打ち壊してしまう。
あまりにも強大すぎて、十の世界の住人には手に負えないから。

そして、人間は紛れもなく、十の世界の住人なのだから。

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2013
06.29

未成年者の選挙運動禁止ー表現の自由の抑圧だ!

公職選挙法が改正になったと。
総務省は各大学に通知をしているのだろう。
検索すれば様々な大学がヒットする。
内容は、すべて総務省のチラシと同一。

しかし、これをみた未成年者はどう思うか。
選挙期間中、前後は決して選挙・政党・政策の全てに触れてはいけないと思ってしまうのではないか。


【選挙運動とは】
・ 判例・実例によれば、選挙運動とは、「特定の選挙について、特定の候補者の当選
を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」
とされています。
(引用元:総務省HP http://www.soumu.go.jp/main_content/000225176.pdf)

「未成年者は選挙運動禁止」というが、
判例の、「特定の候補者の当選を目的として」という文言からいくと、
各政党の政策・マニフェストの批判は、「選挙運動」に当たらないのではないか。

しかし、チラシ末尾に「これらはあくまで例示であり、選挙運動か否かは個別具体的に判断される」とある。
これでは「じゃあこれも選挙運動に当たるかもしれないからやめておこう」となろう。
だって法律違反って嫌だもん。捕まったら怖いもん。

なにか政治的ととれるような発言をすれば、「プチ正義」という偽善者が検閲にかかる。
「プチ正義」による「これ選挙運動だからやめたほうがいいですよ」とのコメントが襲う。


こんな通知を発したら、おそらく未成年は過度に政治、政策批判を弱めてしまう。
選挙運動の範囲が明確でないために、表現の自由を過度に抑止してしまう。

こんな立法をしているから、未成年者は、若者はなおさら政治から離れていくんだよ。
若者を政治から離れさせ、自民党を応援している年寄りだけに投票をさせようとしているように見える。


政権党、自民党は自分の都合のいいようにすべてを進めていく。
まるであたかも「合理的な理由」「日本のため」であるかのように。

彼らは自分に都合のいいことはメディアも使ってどんどん主張し、いい続け、
自分に都合の悪いことはメディアも取り込んで黙殺を決め込む。
まるでそんなことは存在しないのように。
原発事故・デモ・自然エネルギーによる代替・遺伝子組み換え・平和主義
彼らはすべて無視をする。


政権党は、我々一般市民の利益と害をすべて無視する。
求めるのは、自分の利益。避けるのは、自分の害。
これが今の日本のトップ。
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2013
06.28

俺はガンで死にたくねえ

Category: 雑感。
それでもテレビは言っている
日本の原発は安全です
さっぱりわかんねえ
根拠がねえ
これが最後のsummer time blues

電力は余ってる、いらねえ、もういらねえ

電力会社は儲けてる

俺はガンで死にたくねえ


忌野清志郎さんの『SUMMER TIME BLUES』
当時、一度発売中止になった曲。
youtubeにあり。
既得権益者と偽善者に消される前に、ぜひ。
続きを読む
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2013
06.28

(続)議論というものー「価値観」。

日本人が議論できないわけではないんだよ。
かつては本の好みだって、理屈をつけて比較対照をして論じていた。
今は違う。「君はそれが好きなんだ、私はこれが好き」で終わる。

「価値観に関しては議論の対象にならない」という認識が広まっている。
価値観の違い。
それで終わらせてしまう。

価値観は本当に議論の対象にならないのか。
別に人の好みにどうこう言いたいわけではない。
そうではなくて、「価値観」が広く取られ過ぎではないか、ということ。

価値観と嗜好は違う。
価値観は「これは良い、これは悪い」という判断。
嗜好は「これは好き、これは嫌い」という判断。


人の好みは議論の対象でなくてかまわない、それは人の勝手。
しかし、価値観は大いに議論をすべきものではないのか。
相手に合わせるとか、価値観を統一するとか、そういったことではない。
よく考えること、自分が間違っているかもしれないということ、相手が間違っているかもしれないということ、これらを忘れているんだよ。

価値観について議論をせず、よく考えないのは、いつまでも同じ価値観でいるということ。
いつまでも同じ価値観でいるということは、いつまでも子供でいるということ。
子どもでもわかる価値観を、ずっと大人になっても持ち続けるということ。
最近の大人は子どもが多い。
子どもでもわかる価値観を、大人の年齢になってもずっと持ち続けているものが多い。


価値観は、議論をすべきもの、何度も何度も考え、少しずつ塗り重ねていくもの。
決して自分の価値観は素晴らしいものでも出来上がったものでも何でもないんだから。

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2013
06.28

議論というもの。

議論というものは、意見を同じくする者が自分たちの正当性を言い合うものではない。
それは単なる同調。単なる自己満足。

相手の意見を捨ておいて、自説の正当性だけを述べつけるのも議論ではない。
それは単なる自己主張。


反対する意見をもつ者、結論は同じでもその根拠が違う者が、
相手の矛盾、非論理性を指摘し、より整合性のとれた、より論理的な意見と根拠を作り上げるためのプロセス、これが議論だ。

意見そのものに間違いも正解もない。
あるのは、論理的か否か、根拠に即しているか否か。整合性がとれているか否か。
それだけ。
その意見は他の意見よりも妥当であるか否か、それだけ。
それを判断するのが議論というプロセス。


今、私たちは議論をしているか。
国会議員は、議論をしているか。

100パーセントのない状況下で、いったいどれだけ妥当性を追求できるか。
将来のことなど推測するしかない中で、いったいどれだけマシな判断をできるか。
これが政治。


参院にて問責決議案を通した彼らは、自分たちのやるべき仕事をきちんとした。
政権党に迎合せず、力で通そうとする自民党の姿勢を非難した。
彼らはやるべきことをきちんとした。

国会がねじれているのは、国民の意思だ。
選挙によって、政権党に任せていては危ないと思った国民が多かったから、ねじれたのだ。
政権党に任せていては危ないから。


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2013
06.27

アメリカ当局による検索サイト監視。

Category: 時事
-アメリカの「プリズム監視プログラム」-

yahooもgoogleも信用ならない時代になってしまったのか。
(かく言う私も、この情報をヤフーニュースから得ているのだけれども)
悪いのは彼らではなく、監視をしているアメリカ国家安全保障局なる輩なのだが、
これを問題視することもしないことから、「国家の当然の権利」とみているのだろう。
これでyahooやgoogleの業績が落ちたら、彼らは監視のせいだと裁判所へ訴えるだろうか。

その代替、オンラインの監視をされたくないユーザーはDuckDuckGoやIxquickへ
アクセスをし始めたらしい。


日本でも、こういったプライバシー保護の検索サイトを広げるべきだ。
でないと、いつ何時、どんな情報が集約され、アメリカに訴えられるかわからない。

ただ、問題なのは、日本語のサイトに対応していないこと。
DuckDuckGoも、Ixquickも、試したところ日本のサイトには通じていない。
これは苦しい。


日本には、一般人のプライバシーを守る検索サイトは存在しないのか。
一番に始めれば、一大事業として大きく稼げると思うのだが、誰か手をあげませんか。
私にはそのノウハウがない。思いつくことは思いつくが、実際に立ち上げることはできない。

インターネットに精通した方、検索サイトを立ち上げられる、そこのあなた。
やりませんか。チャンピオンに、なりませんか。
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2013
06.26

否決はなにを示す。

Category: 時事
脱原発の旨の議案が提出されたが、各電力会社の株主総会ではすべて否決されたと。

なんたること。


しかし、これだけを見てもなにもわからない。
いったいどれだけの人数が参加し、どれだけまともに議論をし、誰が賛成票を投じたのか。

ヤフーニュースの情報だけから見てわかることは、
おそらくまともな議論はされていない、ということ。
時間が短く、かつ出席株主の数も少ないと。
ただ、株主は出席せずとも投票ができるので、投票数に影響を与えているかはわからない。
しかし、十分な議論がなされていないことは確証を持てる。


検討。。
各電力会社の株主等を調べてからもう少し書き足します。


なんでこんなニュースにこだわるのかといえば。
「やっぱり原発存続は不可避なのだ」と思われては困るから。
あんな取り上げ方なら、そう思わせようとしているように映る。

でも、そんなことは決してない。脱原発は可能なのだ。
むしろ、電力会社の経営の劣悪さのほうが目に余る。
原発を続けたいがためにあんな手抜き経営をしているのではないかと疑えるほど。


(追加)
書き足しました。
…電力会社は一体だれのためにあるのか。
甚だ疑問に思えて仕方がない。
http://inanewgen.blog.fc2.com/blog-entry-239.html
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2013
06.26

批判されるべきはどっちだ。

デモは「声の大きいものが民主主義に反して政治を左右する」のではない。

サイレントマジョリティと呼ばれる、これまで黙っていた一般人たちが
メディアに騙されず、政権に騙されず、
自らの安全を守るために、立ち上がった。
ただそれだけのこと。

この土地に住む人として、当然の権利。
自分の将来と子供の将来を案ずるものとして、当然の行動。
ただそれだけのこと。


それを「声の大きいもの勝ち」とか、「迷惑をかけるようなことをするな」とか、
そう言って批判するのはちょっと違う。

声の大きいものは、メディア、権力者たち。
彼らが声を大にして原発の必要性を訴える。彼ら自身の既得権益のために。
迷惑をかけているのは、原発とそれを推進する大手電気事業者。
彼らが我々の住処を荒らし、謝りもせず、正しもしない。
権力はデモ隊に圧力をかけ、不当逮捕をして脅し、メディアは黙殺しようとする。


デモ参加者は、非暴力を貫く。
法を守り、条例等で定められた届け出をきちんとして、デモに向かう。
なるべく多くの人に、自分たちの意見と根拠を分かってもらうために。


許されないのはどっちだ。
批判されるべきはどっちだ。
あまりにも、はっきりしすぎじゃないか。

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2013
06.25

「がんばれ」といっても意味がない。

人のモチベーションを考える上での一つの理論。
「目標設定理論」。

これによると、Do your best.よりも困難な数値目標、何か具体的なものを設定したほうが
人のパフォーマンスは良くなるんだとか。
本人がみずから目標をあげていくと、なおさらよい。

そうすることで、「がんばれ」といわれるだけよりも
どの方向にどれだけ頑張ればいいかが明白に伝わり、結果本人も努力しやすくなる。


ただ、自分がどれだけ目標設定にコミットするかであるが、
このときにpower distanceなる要素がからむ。
上と下の距離、すなわちパワーの違いを正しいと受け入れる文化・環境か否か。

このpower distanceが低いと、みんなで相談してやりましょうということになる傾向。
これが高いと、上からガンガン命令するのが正しいとされる。

ロシアなんかでは、上司は机をたたいて怒らないと部下は従わないそうだ。
おねがいや、相談をしているような上司は、上司として弱すぎる。
お前が決めるべきことを、俺に丸投げして責任を押し付けるな、というふうに見られる。


日本ではどうだろう。
部下に怒鳴らないと命令を聞かない、なんてことはない。
しかし、上司が部下に相談をして目標を決める、などということが一般的にされているだろうか。


それからもうひとつ。
つらい立場にある人に対して、苦しい状況にいる人に対して、
苦しい中でもどうしてもある壁を越えなくてはならない場合。
がんばれ、ということは無意味であるし、酷である。

が、彼らに対して具体的な数値目標を提示した場合、
余計に苦しめるか、もしくは「あとこれだけだ」と思わせられるか。
ケースバイケースではあろうが、なかなか難しい。
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2013
06.25

都議選、開票ー参院選は、勝てる。

Category: 時事
都議選、投票率43.5パーセント、
自民過半数
共産大躍進
民主惨敗
維新伸び悩み


参院選は、選挙へ行こう。
これなら勝てる。
自民を落とせる。
投票していない多くは若者だ。
若者が選挙へ行って投票すれば、自民など蹴落とせる。

選挙へ行こう。
不在者投票もしよう。
我々若者にばかり負担を負わせる自民など、蹴落とせる。

応援すべきは、「その他の党」。
我々を苦しめる政権党ではなく、
自民に迎合する民主・維新でもなく、
彼らと明確に対立する公約を掲げている第三党。


自民を放っておけば、多くのデモを黙殺する現政権を支援することになる。
あんなに危ないものを外国にセールスして嬉々としている阿呆どもをのさらばらせておくことになる。
トルコでも大きな地震が起こる。事故が起これば、おそらく賠償責任は我々日本にもある。
自分の国でさえ、十分に賠償も復興もできていないのに、他国のなんて無理でしょ。
しかも、地震国日本の技術でなくてアメリカの技術の借りものなんだから。
地震に耐えれるような技術じゃないんだよ、福島で分かったろうけど。


今必要なのは、国会内での十分な議論。
政権党におごらせないこと、釘をさしておくこと。
投票しない、は白紙委任。
高度経済成長の恩恵にいつまでもしがみついている高齢者の票に身をゆだねることになる。

どうせ投票したって何も変わらない?
いや、変わる。なにせ都議選はたった43%の投票率。
残り50%のメンツが対抗馬に投票すれば、結果は180°変わる。
いや、43%のうち死票も存在するだろうから、変わる見込みはもっともっとある。


選挙に行こう。
都議選の結果から、十分自民を蹴落とせることは分かった。
なにせ、「都民の総意」ではなく、「(ほぼ)高齢者の選挙結果」なのだから。
選挙に行こう、不在者投票でもしよう。
我々若者にばかり負担を負わせる自民に、お灸をすえるために。
たった43%の投票率、これを問題視もせず浮かれている自民にくぎをさすために。

この投票率の低さは、自民に対して、政権党に対して嫌気のさしている証拠でもある。
明確に示してやろう、もうお前らはいやだ、と。

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2013
06.25

数字でいうか、それとも…

Category: 学業のハナシ
曜日。月。
どこかを起点として、そこから1,2,…と数えるか、他のものに由来をさせるか。

曜日でいえば、
日 英語    ドイツ語  イタリア語 中国語  ロシア語   (ロシア語の意味)   
月 Monday   Montag  lunedì   星期一  понедельник  週のはじめの日
火 Tuesday   Dienstag martedì  星期二  вторник   二番目の日
水 Wednesday Mittwoch mercoledì 星期三  среда    真ん中の日
木 Thursday  Donnerstag giovedì 星期四  четверг   4番目の日
金 Friday    Freitag  venerdì  星期五  пятница   5番目の日
土 Saturday  Samstag  sabato  星期六  суббота   「安息日」由来
日 Sunday   Sonntag  domenica 星期天  воскресенье 「復活日」由来


日英独伊は基本的に同じ由来を持つ。
しかし、ドイツの水曜日、イタリア語の日曜日は少し外れる。

他方、中露は数字でもって曜日を示す。起点は月曜日。
ドイツ語の水曜日(週の真ん中)はこの系統といってよい。
しかし、ロシア語の土日(キリスト教系)と中国語の日曜日は少し外れる。


だからなんだと言われれば、それまでだが、
なによりいろんな言語をかじっていると、たのしいのだ。


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2013
06.24

返礼義務。

働きかけをされたら、かならず応答する。
人間として、当たり前のこと。
これができない人間は、社会から疎外されていく。

なぜか。返礼は義務だから。
「おはよう」といわれたとき、「おはよう」と返す。
返さなかった人間は、「無視している」ととらえられる。
「無視」がどれだけ相手の心と自分自身に傷をつけるか。
人に傷をつける人間は、社会から相手にされなくなる。

できるなら、自分からあいさつをするほうがもっといい。
その日一番の笑顔で、『私はあなたと会えてうれしい』と。
「おはよう」の一言で、その気持ちを伝えること。
そうすれば、自分も、相手も、嬉しくなる。


人に『会えてうれしい』という気持ちを伝えられる人は、より人に恵まれる。
人からの働きかけを無視する人は、人から無視される運命にある。

当たり前のこと。
自分がいっぱいいっぱいになっていると、忘れがちだけど。
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2013
06.24

55歳定年制はいかが。

Category: 経済のハナシ
定年を55歳にしよう。
年金の支給開始を55歳にしよう。
その分、若者を積極的に雇用する企業には支援を与える。
若者への就業支援は、この三つでセット。

景気を回復させるためには、企業に積極的に外に出ていってもらうのではなくて、
若者に定職と安定した給料を確保することこそ必要。
なぜか。
若者は金をよく使うから。


一人暮らしをすれば、家具家電をそろえなくてはいけない。
彼氏彼女ができれば、外食にもレジャーにも行くし、おしゃれにも気をつかう。
仕事を得れば、スーツや仕事着が必要だし、
結婚すれば、家具家電は大きなものをひとそろい、買い替えなくてはならない。
将来はマンションか一軒家をもつことも考えるだろう。

子どもができれば、ますます出費は増えていく。
子どもにはいいものを食べさせないといけない、いい服を着せないといけない。
教育費だってばかにならない。


一方、高齢者は若者ほどには金を使わない。
もともと必要なものはそろっているから、新調するものもない。
家電との折り合いをつけながら、買い替えるかどうか、くらい。
高齢者は若者ほどものをほしがらない。

であれば、定年を早め、若者に正規社員の地位を譲ってやってほしい。
定年を早めた分、年金は定年直後から支給するから、空白期間もない。


定年退職された後は、第二の人生。
会社のため、ではなくて、自分のために、自分の家族のために時間を使ってほしい。
自分の趣味を深める、家族と旅行に行く、自然の中でゆったり暮らす。

そして、ぜひともボランティアや近所との交流で
大いなる知恵と豊かな経験を子どもたちに伝えていってほしい。
このことは、私たちよりも長く生きてこられたあなた方にしかできず、
かつ企業という利益追求の場では、ほとんどなされないことであるから。

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2013
06.22

戦争で得ようとしている利益なんて、概してちゃっちいんだよ。

Category: 平和と戦争。
人が死ぬのはいやだ。
人を殺すのもいやだ。

戦争は食べ物ですればいい。


フランスパンで相手とたちあい、
ホルスターには蜂蜜ボトル(カナダ人はメープルシロップ)。
日本のサムライは串団子を腰にさし(餡子派とみたらし派で西軍、東軍)
おにぎりの一勢投下をしかける(梅干し嫌いにはつらい)。
納豆地雷は最強の武器かもしれない。

戦闘開始ののろしはごちそうさま
休戦申立ての合図はいただきます

反戦フレーズは「食べ物を粗末にするな」


ドイツ人ならライ麦パンを片手に攻め込み
イギリス人なら紅茶とスコーンの雨を上空300メートルから落とす。

反戦デモはみんなが一堂に会して食事をする
世界の伝統食のお祭り騒ぎで
「世界はひとつ、我々はおいしく食べる」を宣言。

「おいしく食べる」の一言を世界が共有し、
食べ物を粗末にするような無益な争いに終止符を打つ。


「おいしく食べる」の一言を世界が共有し、
命を粗末にするような無益な争いに終止符を打つ。

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2013
06.22

民主的なマチへ。

もはや国は我々を守ってくれない。
であれば、どうせだったら、積極的にとらえようではないか。


我々が、我々自身の手で、民主的なマチをつくりだすために、
国はみずから不適当として身を引いたのだ。

我々が、みずからの手で民主的なマチをつくるために、するべきことは明らか。
選挙で、明らかなる意思表示をする。
消費行動で、明らかなる意思表示をする。
労働先の選択で、明らかなる意思表示をする。


我々の利益を外に差し出すような政党には票をやらない。
我々の利益を守るような政党には積極的に票を与える。
為政者の権力は、我々主権者が供給してやっているのだから。

我々に害を与えるような生産品は買ってやらない。
我々の安全を確保し、安心を高めるような生産品・生産者をひいきにする。
企業の存続には、我々消費者が金をやることが必須なのだから。

我々に害を与えるような生産品・労働条件をとる場所には労働力をやらない。
我々を害から守るような生産品・労働条件の場所には積極的に労働力を提供する。
企業の生産は、我々労働者が働いてやらないとどうにもならないのだから。


さあ、我々の出番だ。
既に民主的な国家ではなく、たんなる民主主義標榜国家だとしても、
まだ軍事国家の独裁政権ではないから、抵抗は容易だ。

我々が明白な意思表示をすればよい。
我々は明白に意思表示をすればよい。
民主的なマチを、みずからの手で作るために。

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2013
06.21

原発推進派への反駁と現政権の思惑。

原発推進派(すくなくとも存続派)の人は、我々脱原発派に向かってこう言う。

「代替エネルギーはどうするのか。
 原発をなくせば、日本はエネルギー不足になる。
 ただでさえ原発が停止している現在、化石燃料に頼る比率が増えているのに。
 ただ危険だから脱原発と言う人々は、見識浅く、将来のことを考えていないに等しい。」


我々脱原発派は、この言い分に対して有効な反論をせねばなるまい。
彼らの杞憂を覆すものと、彼らの無関心を掘り起こすもの。 

エネルギーそのものに関しては、生産量の安定と使用量の削減の二本柱。
一つに、自然エネルギーの開発を進め、活用すること。
一つに、我々一般市民と企業の双方が可能な限りの節電に取り組むこと。

それから、原発の持つ、エネルギー不足解消では相殺できない問題。
福島の事故で、我々は日本の領土の大きな一部を失ったということ。
ただでさえ狭いこの土地を、自然が豊かで水もきれいなこの大地を、
放射能で汚染し、人を住めなくさせてしまった。

今、日本全国に原発がある。
そして、日本全国で地震は起こる。
明日起こるかもしれない大地震よりも先に、原発を止め、廃止し、
我々の住みかを放射能にさらす危険性を除くべきではないか。


ふと思った。
現政権は、自然エネルギーの開発、積極的活用をしているか。進めているか。
全くそのような話は聞かないのだが。

もしかしたら、一般市民に原発は必要だ、ということを刷り込むために、
わざと自然エネルギーの話を避けているのではないか。
なにも「原発の代替=火力」である必要はあるまい。


もし、現政権が意図的に自然エネルギーの話を避け、
原発の必要性を訴えているのであれば、
それは他にもくろみがある。

原発という、すでに既得権益の発生しているものこそ彼らの懐を豊かにする。
新規参入の多い、自然エネルギーの分野では、彼らはもうからないのだろう。

原発推進派よ、権力者の思惑にだまされてはいないか。
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2013
06.21

生と死の不均衡性。

生を考えるときにはこの一生。
過去と未来をひっくるめた果ての見えない線。
死を考えるときにはその一瞬。
せいぜい死にゆく間際の短い線。
比較の対象としては、あまりに不均衡ではないか。

比較をするのであれば、
「生と死」として対比関係におくのならば、
同じベースに持っていかねばならない。


点としての死の比較対象は点としての生。
すなわち生を受ける瞬間。
その瞬間がいつであるかもわからない。

線としての生の比較対象は線としての死。
すなわち死とそれ以降の永遠。
得体も知れない恐ろしさがそこにある。

点としての死も、線としての生も、比較対象と同じくらいわけのわからないモノではないか。
死とは生きていないことであり、生とは死んでいないことなのだから。


生まれる。
生きている。
死ぬ。
死んでいる。

さて、いったいこれらは何であろうか。

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2013
06.20

遥かなる旅。

彼は、今の状態だとまだ漠然としているから、5年後の目標を考えて、そこから逆算的に今何をすべきかを考えた方が良い、と私に言った。

でも、私には5年後の目標など決められない、いや、少し言い方がピンとこない。
が、彼の言うことは私には適用できない。
私は今自分が善いと思っている事さえ、ついこの間気づいたことだから。


彼は知らない、私が将来の夢を幾度となく変えていることを。
彼は知らない、私自身の人生観が遥かなる旅をしていることを。

終末点すら分からない、安住点など存在しないかもしれない。
だから、私はただ穏やかに生きたいだけ。
ただそれだけなのさ。

私は本気でないから夢をころころ変えるのではない。
本気で考えるが故に、夢は変わらざるを得ないのだ。

そうであるからこそ、なぜ対象を狭めることができよう。
そうであるからこそ、なぜ「自分」を「信じる」ことができよう。
自分なんて現在進行形で変わりつつあるのに。
自分の志向、価値判断、興味、全てが限りなく広がり続けるのに。
なぜ「信じる」などという熟考の放棄へと自分を差し向けねばならないのか。
ありえたかもしれない自分、よりわくわくするような世界を放棄せねばならないのか。



時間は無限だ、と言いつつ、私はそれを自分に言っていなかった。
何を焦っているのか。
わざわざ今年である必要はない。来年でも再来年でもかまわない。
時間は無限なのだから。
時間は待ってくれるのだから。
一週間ほど、ちょっと行ってみようか。

私はただ、穏やかに生きたいだけなのだから。
めんどくさい?今のほうが楽?
だから私はいつまでたっても同じ荷物を抱えているのではないか。
この意気地なしが。
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2013
06.20

「いろんな人から話を聞くことは大事だから。」

Category: 学業のハナシ
でもここは君の来るところではないよ。


そう言われているのだ。
声には出さずとも、そう言っているのだ。

なにか惹かれ、もっと詳しいことを知りたくて、聞きに来た。
そして、自分のことを語るうちに、そう言われるのだ。


ここは君の来るところではない。
ここは私の行くところではないと、自分でも思ったが。
大学院の研究科というところは、どうも対象を狭くしないとだめらしい。
でないと「二年で修士論文をかけないから」と。

修士論文のために院に行くんじゃないんだい。
わざわざなんで視野を狭くしなきゃいけないんだい。
なんで無限の時間をそんなに急ぐのだ。
専門バカはもうたくさんいるから十分だ。


どうやら研究科は進むべき道ではないらしい、自分でも分かった。
ここは私の行くところではない。

でもやっぱり、ここは君の場所じゃないといわれるのは、きつい。
存在の拒否は、きつい。
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2013
06.19

厚生労働省への質問。

本日、厚労省の方に、遺伝子組み換えについての質問を出しました。

質問した内容は以下の通り。
・フランスでのネズミを使った実験で明らかになった、遺伝子組み換え食品と発がんの関連性についてどう考えているか。
・この実験結果は2年という長期間にわたって行われたものであり、信ぴょう性は高い。にもかかわらず、国や厚生労働省、主要メディアはこれを取り上げていないようだが、いったいどういうことか。
・日本でも遺伝子組み換え食品は流通しているのだから、この実験結果を周知させ、より厳格な試験や実験をしてもう一度安全性を確かめるべきではないか。それはもうされているのか、今後行う予定はあるのか。

さて、厚労省はどう返答をしてくるだろうか。
新たな試験をもせずに安全だと言いたてるのであれば、もはや信用ならない。
それとも。

返答があり次第、ここにのせようと思います。

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2013
06.19

「日本のため」とはだれのためか。

もし彼らが、自分たち富裕層のために政治をしているのならば、
それは政治家失格であるから、早急に政権から降ろさねばならない。
もし彼らが、本当に日本のためになると思って政策を決めているのならば、
政治家としてもう手の施しようがないから、早急に政界から降ろさねばならない。


原発再稼働は日本のためになるか。
貿易のさらなる自由化は日本のためになるか。
憲法96条の改正は日本のためになるか。

国民の糧である土地を放射能によって奪い、
国民の糧である食料を遺伝子組み換えによって奪い、
糧を得る手段としての労働を企業の利益のためにおとしめ、
糧を得る大前提としての憲法による権力の拘束をゆるめ、
いったい何が日本のためになるのか。


外国で稼いだ金が日本のプラスになるか。
数値の面では黒字になれど、紙の上では黒字になれど、
その恩恵は誰に行く。

日本のためとは、日本の富裕層のためではない。
日本のためとは、日本企業をかたっているグローバル企業のためではない。
一般市民、すなわち我々のためだ。
外国で稼いだ金は、紙の上ではプラスになれど、我々の懐には回ってこない。
いったいなにをもって日本のためだというのか。


さて、原発の再稼働にもTPPの参加にも96条の改憲にも積極的である現政権は、
日本のためになっているのか。
我々一般市民のためになっているのか。

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2013
06.19

依存関係。

自民党や現政権が我々の暮らしをダメにすることは分かっている?
でも強大すぎて勝ち目なんてない?
小さな一票などつぶされて終わり?


いや、そんなことはない。
彼らは我々に依存しているんだよ。
我らが彼らの力の源なんだよ。

我々が彼らに依存しているんじゃないんだ。
彼らが我々に依存しているんだ。

政権なんて、支持率をやらなきゃあっという間。
票をやらなきゃあっという間。
企業なんて、モノを買わなきゃあっという間。
不評が広まりゃあっという間。


国民主権というのは、そういうこと。
お客様は神様だというのは、そういうこと。

彼らは我々に依存しているんだから。
彼らの権力は、我々に由来しているんだから。

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2013
06.19

独占と壊滅。

種子をモンサント一社が支配し、
小売をウォルマート一社が支配すれば、
その中間である生産者、出荷団体、卸は全て買いたたかれる。

流通経路の入り口と出口を押さえられてしまったら、我々はどうしようもない。
生産者は種子を買わないことには生産ができない。
消費者は小売から買わないことには何も買えない。

国産の食は壊滅する。
国産の食は毒と化す。


種子の独占は、世界ですでに始まっている。
着実に、そして静かに、我々の食を占領しようとしているそれに、気づいているか。
小売の独占は、日本ですでに進んでいる。
着実に、目に見える形で、我々もそれに加担してはいないか。

遺伝子組み換えは毒だ。食べ物ではない。
これを許すようなことは一切あってはならない。

いくら見た目には安くたって、ウォルマート系列で買った分は、我々には還元されない。
さらに彼らは積極的に外国産を売りに出す。
彼らにとっては国産の保護なんてどうでもいいから。


地元産の高品質と安全性は、地元民が真っ先に享受すべきなのだ。
国産を買おう。国産を守ろう。


世界では急速に遺伝子組み換えが広がっている。
遺伝子組み換えを食べて育った牛や豚だって、その危険性は大きい。
なにせ、水銀のように蓄積されていくのだから。
しかし、畜産物が何を食べて育ったかなど、表示はされない。

外国産などいらない。
何が混ざっているか知れたものではない。
日本の大手メーカーも、信用ならない。
何が混ざっているか知れたものではない。

国産と書かれていなければ、国産ではないのが昨今。
不使用と明記されていなければ、遺伝子組み換えが混ざっているのが昨今。

「品名:食用なたね油、原材料:食用なたね油」ってどういうことよ。
HPを見れば、遺伝子組み換えは不分別ではないか。
なぜこれをラベルに記載しないのか。


国産を買おう、国産を守ろう。
そして、外国産であろうと国産であろうと、遺伝子組み換えを許してはならない。
それはまるで水銀のように、我々の体内に蓄積する。

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2013
06.18

挙国一致体制、再び。

Category: 経済のハナシ
小売業界にアベノミクス効果はまだ来ていないという。
だから成長はまだ、好況はまだ、と。

これは違う。
まだ来ていないではなく、来ない。「好況は来ない」。
正確に言えば、アベノミクスの効果は来つつある。
「小売業界は業績を落とす」というかたちで。


小売業は軒並み業績を落とすだろう。
彼らがもうかるには、消費者がより多く買う必要がある。
つまり、消費者の懐が豊かにならないとダメ。
先に労働者の給料が上がることが必要なのだ。

しかし、物価のほうが先に上がる始末。
あげく消費税の増税が我らの懐に追い打ちをかける。
これでは小売業の売れ行きが下がるのは当然。


今後、我々の給料は上がることはない。
給料を切られるか、クビを切られることはあっても。
それを後押ししているのが他でもないアベノミクスとその関連法案。

国際競争力をつけるには、人件費を下げないと勝てないんだから。
価格を下げないと中国やアメリカには勝てないんだから。
そしたら給料上がらないのは当たり前。
むしろ、下げるほうへ下げるほうへ圧力がかかる。
「国際競争に勝つ」ということがまるで挙国一致の理念のように語られている。


まるで戦時状態だ。
挙国一致体制でないと競争には勝てない。
そのためには、「(給料、福祉)欲しがりません(国際競争に)勝つまでは」

国際競争になんて、参加するのやめようよ。
競争は、参加して勝つのだけが生存の道ではないのよ。
競争を避けることも大きな道。
勝てない戦はしない。犠牲の大きい、リスクの大きい戦はしない。

犠牲になるのは、自分の国で生きていくしかできない我ら。
大笑いするのは、どこでも暮らせるグローバル企業の欧米人株主。


海外展開を利益の主軸におけば、今後、我らの給料は下がり続ける。
TPP参加で、国内のパイはどんどん小さくなる。
輸出企業(=グローバル企業)の経済成長と、国内市場の不況の二重性に苦しむことになる。
しかし、グローバル企業の経済成長は我々には恩恵をもたらさない。
日本に籍を置くのが不利だと判断すれば、簡単に国外へ出ていく。
ただでさえ彼らは労働者のクビ切りと給与カットで得た利益を国外の株主に贈っているのだから。


手遅れになる前に、止めようか。
手遅れになる前に、現政権に終わりを告げようか。

進めるべきは国内の充実。
日本は成長するはずなのだ。
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2013
06.18

それゆえ私はTPP参加に反対する。

Category: 経済のハナシ
この要素がまた一つ見つかった。


かつて、TPP対立構造は農vs工ではなく「地元に根ざした企業」vsグローバル企業であり、
グローバル企業は日本の労働者と一般市民に利をもたらさないから反対、と言ったが、
(過去記事:TPP対立構造の誤り参照)
さらに遺伝子組み換え食品(GMO)の危険も付加されよう。

とはいっても、GMOもグローバル企業であるモンサント社の特許独占品であるから、
この危険もグローバル企業の利益のためといってよいだろう。


遺伝子組み換え食品は、食品ではない。毒である。
フランスによる実験では、ネズミの食糧にわずか11%のGMOを混ぜただけでも、
続けて食べさせれば大きな腫瘍ができることを示した。
ネズミが食べてこうなのだから、人間にとって害のないはずがない。

しかし、TPPに参加すれば、GMOの明記を止めるように迫られる。
必ず。モンサント社はアメリカで幅をきかせているから。
食品と毒を見分けがつかない状態にするなどあってはならない。


ここへ来て、TPPは
一般市民の安全vsグローバル企業の利益
という対立構造を明らかにしている。

国として、どちらを優先すべきか、明らかではないか。
TPPに参加などしてはならない。
遺伝子組み換えを許してはならない。
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2013
06.17

GMOの毒性と11歳の発見。

バーク・ベア「僕たちの食料システムが何かおかしいよ」 (TED)


TEDで見れるたった五分のプレゼンです。
日本語字幕もついてます。

解説も私の意見も必要ない。
ただ、見てほしい。


続きを読む
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2013
06.17

人間は稲である。

麦ではなくて、稲である。

主食の話ではない。


はだしのゲンの父ちゃんも言っていたが、稲は踏まれて踏まれて強くなる。
大きく大きく成長する。
もちろん、踏まれすぎては枯れてしまうが、踏まれないと自然界で伸びていかない。
そして、たわわに穂を実らせば、それを誇示することなく頭は垂れる。

稲のような人間になれ、と父ちゃんはゲンに向かって言った。


人間は稲である。
十分に稲が育つためには、あまりに極端すぎるこの世の中。

一方では有機野菜を食べ毎日飽きるほどの食事を当たり前と思っているものもいれば、
ろくに栄養も与えず、添加物や合成品や残留農薬をそれと関せず多量に摂取し続けるもの。
まったく踏まれないために外の世界で伸びないものもいれば、
小さいころから踏まれすぎて、外の世界で生きていけないほど弱まってしまったもの。

どちらも貧弱な穂しか実りをもたらさない。
「適度」という言葉、「中庸」という言葉を再び。
自分は行きすぎていないか、逆に足りなさすぎていないか。


人間は稲である。
稲のような人間に、なろう。
稲が十分育つような世の中に、しよう。

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2013
06.16

「高齢者へも痛み」を与える?

政府の社会保障制度改革国民会議が67~68歳を念頭に検討する方針を示したと。
     (ヤフーニュースの産経新聞からの記事を参照)

この記事の記者も書いていたが、実際に引き上げられるのは数十年先。
つまり、現在の高齢者には痛くもかゆくもない。
「将来の高齢者すなわち現在の若者」に痛みを与えてどうするのだ。
仕事も得られない、年金もいつまでももらえない。

結局、いつでも痛めつけられるのは我々なのだ。
政治家どもは、我々若者が政治に関心なんてないだろうとたかをくくって。
こんな世の中、どうしてまともに働いて税金を納めようと思うのだ。


ならばいっそのこと、国民年金を早めに受給させることによって、早期退職を奨励し、
その分だけ若者を正規社員として雇用するように支援したらどうか。
早めの国民年金にかかる費用は、若者への雇用支援金の一環とすればよい。

その方が、費用対効果は大きく、経済にもプラスに働くであろう。
高齢者はそんなにものをほしがらない。
一方、若者はより多くものをほしがる。金を様々な市場に流す。


高齢者をいつまでも会社に残らせずに年金で暮らし、自分の趣味に費やせるようにして、
若者に正社員として仕事を与え、安定した給料を保障することで、多くの市場に金を流すようになれば、経済はもっと活発になる。日本はもっと成長する。

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